【完全ネタバレ】シン・ゴジラ感想【ひとまず予備知識無しに見に言っておけ!】

 見た直後の感想を残しておきたいので書いておく。以下、完全ネタバレ。超絶面白いので是非ともネタバレ無しでまず見るべきです。

既に御覧になりましたよね? 本当に、ほんっとうに、未見であれば予備知識ナシで見に行った方がいいですよ? 忠告しましたよ?

ではスクロールして下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではネタバレ全開でスタート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・怪獣(の)映画ではなく役人(の)映画

 米国はゴジラをどうするつもりなのかと矢口が聞いた時、謎の女特使は言った。

「それは大統領が決めること。あなたの国では誰が決めるの?」

 この映画の核はここにある。これはダブルミーニングだ。一見「あなたの国では誰も決められないでしょ?」という批判のように聞こえるかもしれないが、映画で示される答えはこうだ。『我々の国では「全員」で決める』。

 シン・ゴジラで描かれた全く新しい物があるとするなら、これだ。通常、組織や会議という物はエンタメでは倒すべき対象として描かれる。硬直した組織ではなく独立愚連隊が、空転するだけでなにも決まらない会議ではなく型にはまらない英雄的行為が問題を解決するところにカタルシスを持って来る。

 シン・ゴジラではそうではない。巨災対は多少独立愚連隊めいてはいるが、彼らはほとんどの事象(例えば実サンプルの解析や、スパコン並列接続の為の諸外国との連結や、凍結剤の生産プラントの確保など)を自分が所属している組織の力を使って解決している。彼らは一環して、組織と会議の力でゴジラという個に挑むのだ。

 また、特定の「ヒーロー」を用意しないの事にも徹底している。矢口は主人公の立ち位置ではあるが、実際には凍結計画を思いついたのも、牧博士の遺産が折紙であることに気づいたのも、カウントダウンを24時間延ばす為にフランスを説得するアイデアを出したのも、巨災対のメンバーであって矢口ではない。

  では矢口は何をしていたかというと、彼は組織を運営していた。チームリーダーとして、メンバーの選定を依頼し、足りない人員を集め、上と話をつけ、必要な法律の整備を急いだ(矢口は立川に移動した後でさえ、泉と無駄口をたたき合いながらひたすら判子を押しては書類を箱に入れている)。これは矢口にしかできない作業だった。

 時間はかかる。無駄も多いかもしれない。しかし、可能な限り意見を拾い、可能な限り最適な解を出し、可能な限りの賛同を得て実行する。これがこの国の民主主義であり、最大の武器なのだ。そして、ゴジラという単一の最強生物に対して唯一対抗できるのは、人間という「群」なのだ。

 この「ヒーローの匿名化」は、最終的に凍結作戦でポンプ車を動かす数百人のメンバーが、ついに顔すら画面に出ず、そして死んでいく所で究極化する。人間は「群」でゴジラに勝つのであり、その為に必要なのは組織化と会議なのだ。そして日本人はこの戦い方がムチャクチャ上手いのだ、という映画なのである。

 その流れで考えると、ヤシオリ作戦の最後があっさりしているのは、「何十時間もかけて立案した作戦は、予定通りにやれば必ず成功する」というのが前提だからだろう。「全ての手段が失敗した後で一発逆転の秘策が打たれる」という話ではないのだ。

  凍結剤は散々「必要最低限の量を確保」と言っていたが、第一班が壊滅した後もすぐに作業を続行できたのはつまり、第一班が壊滅することも想定済みで、その上で「必要最低限の量を確保」していたわけだ(もしかしたら第三班まで用意されていたかもしれない)。計画が計画通りに完了することをかっこよく見せるのは相当難しい演出だと思うが、シン・ゴジラでは敢えてあっさり描くことで成立させている(「作戦終了後に肩を叩き合いながら立ち去る」みたいなのすらない)。

 また、シン・ゴジラは「コピー機がクソかっこいい映画」でもある。会議の場所が移動するたび、規模が大きくなるたびにコピー機が整列し直されるのだが、あれは中盤の10式戦車の整列と構造は同じだ。彼らは紙の兵隊であり、文字通り書類で戦争をしている。あの会議室が最前線なのである。机の上にスキ間無く並べられ待機しているノートパソコン(とその上にあるマウス)やおびただしい数の有線電話などもレイアウト上のインパクト以上に、その事を明示している。

以下はトピック別に。

・総理大臣の役割

 作中、総理大臣は、説得されるままに頷くだけの人と映るが、これは「意見を戦わせた上で、ある決断をしたことは日本のトップがその責を負う」というボトムアップのスタイルを貫いている形として描かれているとも見れる。

 実際、戦後初の布告の際には、総理は布告を渋っており、また、政治家たちも自分達の立場に応じて賛成反対の意見を述べている。最終的には「ここは苦しい所ですが……」に押されるのだが、これは上がって来る意見の中から最も確度が高いものを官房長官が選んでいるという事なのだろう。

 また、ヘリがゴジラを撃つ時には、総理は攻撃を中止させている。議論を戦わせる暇が無い時には総理が決める必要があるし、その力もあるのだ。

 対照的に、里見総理大臣代理は、米国主導よる核攻撃を可能にすべく法律を通すようにと官房長官代理に言う。つまり、総理大臣から(ひいては米国から)トップダウンに決めているのだ。これに対して、最後までボトムアップを貫いた凍結計画が一矢報いることになる。

・米国特使の役割

 米国特使のキャラについては多少言われているが、あれは恐らく、「今回は諸外国との外交戦についてはやりませんよ(ファンタジーで片付けますよ)」というエクスキューズなのかなと思う。つまり、昔のアニメによくいた(今も?)「カタカナだけ変なイントネーションで喋る謎の外人エージェント」なのだあれは(想像つくでしょう?)。

・都市の逆襲

 ネットで誰かが書いていて上手い見立てだと思った話。シン・ゴジラでは、これまでゴジラに壊され蹂躙されてきた「都市」が逆襲を遂げる。新幹線と在来線は自走式爆弾になり、ビルは上からのしかかる。間接的にではあるが、化学コンビナートも凍結剤を生成した。

・311へのリベンジなのかについて

 シン・ゴジラが311(というか福島原発の冷却作戦)を描いているのは自明だが、「本来こういう勝ち方が出来た筈」というifの話ではなく、「あの時、日本人は最後まで諦めず冷却を成功させたのだ」というある種のドキュメンタリーなのだと思っている。

・死は描かれているか

 短いカットだが瓦礫に埋もれた男性の下半身だけが見えているシーンがある。またその直後ゴジラに倒されたビルの中の家族が瓦礫に飲み込まれるシーンがある。なにより、凍結作戦では第1班のポンプ車とタンクローリーは完全に潰され、全滅報告も入っている。

 それ以前に、311を経た我々であれば、第2形態ゴジラが起こした瓦礫津波がどれだけの人命を損なわせたのかは自明だ(瓦礫津波を目の前にしてアスファルトを全力で逃げている男(多分助からない)というシーンもある)。

・シン・ゴジラはエヴァか?

 個人的にはそんなにエヴァっぽいとは思わなかったのだけど、どちらかと言えば、むしろエヴァのほうが庵野監督が作りたかったゴジラ(≒特撮)だったのではないかなとも思う

・特撮の絵作り

 CGは総じて特撮よりに作っているように見える。CMにもあったゴジラが首を振りながら咆哮するカットは、生物っぽくできたであろうに敢えて着ぐるみ的な動きをさせていると思う。

・ラストカットの意味

 個人的には、あれはゴジラが第5形態として人間(群体)に進化しようとしていたという絵なのではなかったかと思っている。尾頭さんの言う通り、「ゴジラよりも人間の方が怖い」のであれば、翼を生やすよりも人間に進化する方が生存戦略としては良い筈だ。